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JBMAニュース

JBMAに関するニュースや世界のブラインドマラソンのニュースを掲載していきます。

メディア掲載情報:藤井由美子選手:BISPO!VOL15_滋賀県体育協会 

ビスポVol.15 藤井由美子選手 インタビュー
世界を駆け抜ける-。
藤井 由美子(ふじい ゆみこ)
生年月日:1964年9月21日、身長:160cm、出身地:犬上郡、所属:びわこタイマーズ、JBMA(日本ブラインドマラソン協会)強化選手に指定されている。
2016年12月18日開催の防府読売マラソン(山口市)では、3時間17分52秒で優勝した。
40歳代後半で初めて国際大会に出場。それ以降、自己ベストを更新してきたブラインドマラソンの藤井由美子選手。
今や2020年の東京パラリンピック出場を見据えた強化選手にも指定されています。そこで藤井選手に、マラソンにかける想いや2020年への意気込みを伺いました。
初めて伴走者を2人体制にして臨んだ大会で、自己ベストタイム3時間17分52秒を記録。
昨年末の防府マラソンで優勝。4回目のロンドンへ!
「ブラインドマラソン」とは、視覚に障がいがある人が走るマラソン。障がいの程度によって分けられた3つのクラスがあり、藤井選手が属するT12クラスでは伴走者と走ることもできます。
藤井選手が大会に出る際は、長年、同じランニングクラブ『びわこタイマーズ』に所属する橋本廣明さんが伴走者を務めてきました。2016年4月のロンドンマラソンで3位に入賞するなど、様々な大会で好成績を収めています。
その後、体力的に橋本さん一人での伴走が難しくなってきたことから、藤井選手と以前から面識があった上島学さんも参加することに。
2016年12月18日、防府読売マラソン(女子日本選手権)に出場。前半を橋本さん、後半を上島さんの伴走で走った藤井選手は、自己ベスト3時間17分52秒を出し、みごとに優勝!
その勝利は、彼女を4回めのロンドンマラソン(2017世界パラ陸上マラソンワールドカップ併催)出場へと導きました。
一度見送ったパラリンピック。2020年の東京は逃したくない。
マラソンを始めたきっかけと、これまで走り続けて来られた理由、魅力を教えてください。
中学で体育系のクラブに入りたかったのですが、視力の問題があるため球技は難しくて。もともと走ることが嫌いではなかったので、陸上部に入りました。最初は短距離走でしたね。
でも一般人の短距離走の大会ってあまりないんです。それで走る距離を5km、10km、ハーフマラソン、フルマラソン…とだんだん延ばしていきました。
マラソンの一番の魅力は、完走した時の気持ちよさ!それと、今はタイムが縮まった時の感動が忘れられません。最初は「楽しく走れたらいい」という感じの市民ランナーでした。でも走り続けているうちに、5年ほど前、JBMAから強化選手に選ばれたんです。それからグッとタイムが縮まるようになりました。
以前より練習量がだいぶ増えて、伴走の方も練習を手伝ってくださるようになったおかげだと思います。強化チームの仲間がいることも励みになりますね。悩みを打ち明けることもあるし、競える相手として意識することで頑張れます。
国際大会への出場は、4年前のロンドンマラソンが初めてだったと聞いて驚きました。
はい。市民ランナーだった私が、しかも海外に行くのもその時が初めてで、自分がロンドンという場所に立っていること自体が不思議でした。それから4年連続で出場させてもらっています。
ロンドンでは去年が3位で、今年は4位でした。ロンドンマラソンは、街を挙げての祭典のような感じで、沿道の応援もすごいんですよ!日本人の応援者もいるんですけど、ゼッケンにローマ字で名前が書いてあるので、外国の人も私の名前を呼んでくれたり、声援をくれたりするんです。もちろんランナー冥利に尽きるし、疲れても途中で気が抜けない(笑)。とても素敵で、いい経験をさせてもらったと思っています。
 
競技を続けていて嬉しかったこと、悔しかったこと、そしてこれからの目標を教えてください。
嬉しかったことは、去年の防府読売マラソンで自己ベストが出たこと。自分自身の走りを出し切った上でのタイムでしたし、あと1枠しか残っていなかったロンドンマラソンの出場も勝ち取れました。
悔しかったことは、やはりリオデジャネイロパラリンピックの選考にもれたことですね。あの時は、パラリンピックという大会の大きさが、もう一つ自分の中で理解できていなかった気がします。調子や気持ちをピークに持っていけなかった。でも自分が知っている人がリオに出場したのを見て「ああやっぱりすごい大会なんや!あの時(リオ大会出場がかかっていた2016年の別府大分マラソン)もっと集中して臨んでいたら、記録が出ていたかもしれない」と、悔しかったですね。
目標はもちろん、2020年の東京パラリンピック出場。リオの時の悔しさが、バネになっているところもあります。じつは、東京パラで女子マラソン競技があるかどうかも、まだ決まっていないんですけど…。でも、開催を信じて練習して、必ず出場枠を取りたいです。
 
滋賀県でマラソンを頑張っている子ども達に、応援のメッセージをお願いします。
走ることを、好きになってください。しんどいこともあるけど、そればかりじゃありません。くじけず頑張って、それでタイムが縮まったらそれが自分の成果になります。「なにくそ精神、がむしゃら闘志」で!これは、娘が中学時代に陸上部の顧問の先生から言われた言葉なのですが、私も自分に言い聞かせているんです。
それから、やはり仲間と頑張る気持ちを大事に。私もタイマーズの仲間や伴走してくれる人に支えられています。大会前に必ず「感謝の言葉を忘れず、それを励みにして力に変えてください」とメールをくれる友達もいるんですよ。そういう人達がいると、一人じゃない、みんなの想いと一緒に走るんだという感覚になれると思います。

藤井選手を支える人特集

「多くの人に支えられている」と話す藤井選手。そこで、実際に練習やレースをサポートする4人の伴走者をご紹介します。目標は全員一致で「藤井由美子選手を東京パラリンピックに!」。
上島学さん
藤井さんのように速い人の伴走をするために、走者よりも走力や体力をつけておくことを心がけています。今年のロンドンマラソンは、後半で追い上げて6位から4位に。嬉しい半面、もっと自己ベストに近づけられたかも…という悔しさがありました。東京パラリンピックでは滋賀県を代表する最強ランナーとして走ってもらえるよう、できる限りのサポートをしたいと思っています!
枚方市在住/30歳を過ぎてから長距離走を始めて、伴走歴は約13年。昨年から本格的に藤井さんの伴走者に。
 
藤井美紀さん
母の影響で中学から陸上部に入っていました。母は普通の主婦。親子喧嘩をした翌日も早朝から私たちのお弁当を作り、家事を済ませて、空いた時間に練習しています。何より家族優先。大きな後ろ盾があるわけじゃなく、練習環境も恵まれているとは言えません。それでもレースで結果を出す母を尊敬していますし、私も責任を持って“日本代表選手”の伴走を務めなければと思っています。
甲賀市在住/藤井選手の次女。幼い頃から母と走っており、現在も一緒にランニングや筋トレに励む毎日。
 
中島貴明さん
もともと、走ることを通じて何か役に立つことがしたかったので、伴走の話をいただいた時に「いいご縁が巡ってきた」と思いました。藤井さんの日本代表合宿に同伴させていただいたりすると、レベルの高い走者や伴走者から刺激を受けて勉強になります。まだ伴走歴が浅いので、藤井さんに安心して走ってもらえるよう、もっと経験値や伴走者としてのスキルを上げていきたいですね。
甲賀市在住/地元のランニングチームに所属。今年3月から藤井さんの伴走を始め、8月にレースデビュー。
 
橋本廣明さん
伴走の魅力の一つが、共に走って喜びを分かち合えること。「伴走って大変やね」と言われることもありますが、ボランティアではなく一緒に楽しんでいるんです。練習中なんかは、世間話をしながら走ることも多いんですよ。藤井さんはもう50歳過ぎですが、それでも記録が伸びているところがすごい。きっかけがあれば、人は出し切っていない力を出せるものなんだと気づかされました。
湖南市在住/びわこタイマーズ所属。伴走歴約20年。藤井さんと「大阪100kmマラソン」などにも参加。

8月の北海道マラソンでは上島さんと中島さんが交代で伴走を務め、3時間23分05秒を出し、2位に入賞しました。
現在は12月に行われる防府読売マラソンを目指して、トレーニングを行っている。

作成/提供:公益財団法人滋賀県体育協会

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