言わずと知れた正月の風物詩・箱根駅伝。多くの学生が憧れを抱くこの舞台に、2018年新春、夢を叶えて立つ選手がいる。学生連合チームのメンバーとして9区を走る予定の溜池勇太選手(日本薬科大)だ。「一度諦めて、それでもやっぱり箱根に出たいという気持ちで大学に来た」。高校を中退し、通信制高校に通ったのち高卒認定試験に合格。そこから日本薬科大へ入学したという異色の経歴を持つ。2年生ながら自らの手でチャンスをつかんだ若き精鋭は、大舞台を前にして「本当に楽しみ」と笑顔を見せた。
そんな溜池選手は、ブラインドランナーの伴走者としても活動している。溜池選手とブラインドマラソンの出会いは通信制の高校時代。趣味で走っていたときに出会った社会人ランナーに、「ケガをしたから伴走を代わりにやってくれないか」と声をかけられたことがきっかけだった。初めて伴走を務めた相手は、北京パラリンピック日本代表の加治佐博昭選手。「この人、目が見えているだろ」。そう思ってしまうほど、スムーズに走る様子に驚いた。ともに握るロープがピンと張ってしまい、カーブでの指示が遅れてしまう。最初はなかなかうまくいかなかった。しかし、徐々にコツをつかんでいく。「遠慮をしないで何でも伝え、腕より足を合わせていけば自然と走りが合っていくんだ」。合わせようとするのではなく、相手の走りを邪魔しない範囲で自分の走りをする。そうすれば互いに気持ちよく走れることに気がついた。やっていくうちに感じた競技の魅力は『達成感』。一人で走っているときとは別のやりがいを感じることができた。
今年の夏には北海道で8日間にわたって行われたJBMAの強化合宿にも帯同。日常生活もともに過ごし、世界で戦う強化指定選手たちとの生活の中から学ぶことも多かったのだという。北海道らしからぬ猛暑の中行われたこの合宿は、途中2回の記録会を挟みながら、30~40キロの距離走や強度の高いインターバルトレーニングを行う非常にハードなメニューだった。溜池選手は伴走や、弱視のランナーの先導の役割をしながら全メニューを選手とともに消化。「本当にきつかった」。微笑みながら当時をそう振り返ったものの、この合宿は溜池選手にとっても転機となっていく。春シーズンはうまくいっていなかったという今季だが、この合宿で距離を重ねたことが自信となり、その後参加した大学の合宿にも昨年以上に意欲的に取り組めた。「夏の最初に距離を踏んだことで土台ができたおかげかな」。夏以降の飛躍のきっかけをつかんだ。
そして迎えた箱根駅伝挑戦への道。予選会では自分でも驚いたという快走で16人選ばれる学生連合チームの中で8番目のタイムを出すと、最終選考ともなる1万メートル記録挑戦会の記録で1つ順位を上げ、7番手で本選出場の内定を獲得した。その知らせに、伴走を務めている米岡聡選手(三井住友海上)をはじめ、これまで出会ったブラインドランナーからも多くの祝福のメッセージが届いたのだという。「視覚障がいランナーの皆さんの活躍を聞くと、自分も嬉しくなる」と語っていた溜池選手同様、ブラインドランナーも自分の活躍を喜んでくれた。
たくさんの声援を背に受けて、いよいよ夢の箱根路へと駆け出す溜池選手。「やれるだけのことはやれている。あとはどれだけ箱根で戦えるか楽しみです」。そう語った目には確かな力が宿っていた。新春にどのような輝きを放つのか。活躍が楽しみでならない。
取材・編集 太田萌枝(早稲田スポーツ新聞会)