6月10日、11日の2日間にわたり、第28回日本パラ陸上競技選手権大会が東京・駒沢陸上競技場で開催された。様々なクラスのパラアスリートが一堂に会するこの大会は、まさに日本最大級のパラ陸上の祭典。数々の日本記録、アジア記録が更新され、日本選手の競技レベルの向上が際立つ2日間となった。視覚障がいクラスの長距離種目においても、1500メートルでT11クラスの井内菜津美選手(わかさ生活)、T13クラスの柏原未知選手(one’s)の若手女子選手2名が見事日本記録を更新。また、日本記録保持者であり、リオデジャネイロパラリンピック入賞など様々な輝かしい実績を持つ和田伸也選手(鴨川パートナーズ)も、4分18秒台の好記録をマークした。好調がうかがえる結果に、来月に迫った世界パラ陸上競技選手権大会(ロンドン)での活躍にも期待を寄せずにはいられない。
10日の5000メートルには男女合わせて13名が出場。梅雨であることを忘れてしまうほど強い日差しが照り付けたこの日、レースは過酷なコンディションの中で行われた。30度を超える気温に加え、3メートル超の強風が常に吹きすさぶ。特に、ホームストレートでの強い向かい風が選手たちを苦しめた。今大会が初の5000メートルのレース出場となった立木勇弥選手(筑波大付属視覚特別)は、序盤こそ設定どおりのペースで入ったものの「2000メートルくらいからきつくなった」と徐々に失速してしまう。目標タイムには1分以上及ばず、20分23秒31でフィニッシュ。5000メートルの厳しさを知るレースとなった。しかし、立木選手はまだ高校生。日本視覚障がいマラソン界を担う新星となっていけるか、将来が楽しみだ。一方の女子。5月の東日本実業団陸上競技選手権大会(秋田)で日本記録を大幅に更新した道下美里選手(三井住友海上)の走りに注目が集まる。自身の日本記録を3秒上回るラップタイムで2000メートルまで押していき、好記録に期待がかかった。しかし気温や風の影響も受け、中盤以降はペースを落とす。「(そこからは)落ち幅を少なくすることに意識を切り替えた」とプランを変更し、19分42秒14でゴール。目標に掲げる18分台は次戦以降に持ち越しとなった。
写真:初めての5000mにチャレンジした立木選手
大会1日目とは対照的に、雲が多く15時を過ぎても気温は24度前後、風も比較的穏やかと競技者にとって良いコンディションとなった11日。この日、女子1500メートルで2つの日本新記録が生まれた。まずはT11クラスの井内選手。井内選手はことしフルマラソンでも自己ベストを更新しており、まさに成長株の注目選手だ。最初の400メートルを92秒で入ると、そこからの1周もほとんどペースを落とさず800メートルを3分7秒で通過。1500メートルで最も苦しいと言われる3周目も、伴走者の日野未奈子さんの励ましを受けて粘り切り、リズムをつかんだ。その勢いのまま5分50秒75でゴール。ずっと目標としてきたという日本記録の更新に、「今まで辛いこともたくさんあったがやってきてよかった。伴走者をはじめ、サポートしてくれたすべての人にお礼を言いたいです」と笑顔で周囲への感謝を口にした井内選手。その実力と人柄で、これからも多くの声援を受け、ますます強くなっていくだろう。続いてT13クラスの柏原選手。「最初から突っ込む」というプラン通り、1周目から積極的にレースに臨んだ。終始単独走となったが、攻めの姿勢を崩さず800メートルを2分52秒で通過。後半若干ペースを落としたものの、前半の貯金もあり、これまでの日本記録を約4秒更新する5分27秒63でゴールした。日本新記録を樹立してもなお、「ラストスパートがかけられなかったことが課題」とさらに高いレベルを見据えた柏原選手。若手ホープの飽くなき向上心は、頼もしいばかりだ。
写真:T11女子1500mで日本記録をマークした井内選手と日野ガイド
若手の台頭が印象的だった女子に対し、男子1500メートルではベテランが魅せた。ロンドン、リオと二大会連続でパラリンピックに出場し、入賞等の実績を築いている和田選手。来月の世界選手権を見据え、今大会に挑んだ。「本当に目標通り入れた」(和田選手)。1周目を68秒で入ると2周目を71秒、3周目を70秒で粘り、迎えたラスト1周。スパートをかけると最後の300メートルを49秒でまとめ、自身のセカンドベストとなる4分18秒31でゴールした。メダル獲得を目標とする世界選手権に向け、確かな手応えを得たに違いない。世界大会を「本当に最高の、幸せな舞台」と表現した和田選手。1か月後、最高の舞台の頂で、最高の笑顔を輝かせてほしい。
写真:世界選手権での活躍も期待される和田選手と中田ガイド
視覚障がいクラスの長距離種目においては2つの日本新記録に加え、4つの大会新記録が誕生した今大会。コンディションに左右された場面もあったが、自己記録を更新した選手も多数いた。より多くの人々に、パラスポーツを『純粋なスポーツ』という観点から見てもらうためには、競技力の向上が不可欠である。そういった点でも今回の結果は、単なる記録以上の意味を持つのではないだろうか。
「障がいがあっても頑張っているからすごい」のではない。トラックの上にいるのは、ひたむきに己と向き合い、記録や勝負にこだわる一アスリートなのだ。「障がいがあるのに――。」そんなフィルターを取り払って、そこにあふれる魅力にもっと目を向けてほしい。その魅力がもっと、もっとたくさんの人に伝わってほしい。そう切に願った2日間であった。
文章/写真:早稲田スポーツ新聞会 太田 萌枝